Power Educationのススメ

掛下 哲郎 (知能情報システム学科)
平成11年度佐賀大学理工学部広報ScienTechより転載

「最近の学生は勉強しなくなった」というのは多くの教官の実感だと思う。実 際、何も考えずに機械的にノートを取る学生、講義間の関連を認識していない 学生、一般的な常識を知らない学生、教官に質問すべきことが分からない学生、 自分が学習内容を理解していないことを認識していない学生をしばしば見かけ る。この状況が深刻になると不本意入学、転学科希望、不登校、留年といった 現象として表面化してくる。

上で書いたような状況が生まれた原因は色々と考えられる。(1) 家庭で一般常 識を教えられていない、(2) 高校以下の学校での学級崩壊、(3) 学生自身が勉 強することの意義を知らない、(4) 大学入試が状況をさらに悪化させている、 といった原因は相互に関連している。しかし、基本的には学生の知らない(教 えられていない)事柄が沢山あることが教育を難しくしている。

筆者が佐賀大学に赴任して約10年になる。それ以来、「知らないことは教える」、 「教えたことは実行させる」ことを念頭に置いて、いわゆるPower Education (コストをかける教育)を実施している。

例えば、レポート提出の際には教官室で面接を行い、学生に内容を説明させて からレポートを受理している。理科系の学生に限ったことではないが、自分の 考えを論理的に記述するための教育(technical writing)を受けている学生 は皆無である。また、レポート内容の説明ができずにレポートを突き返される 場合も多い。これらの状況を改善するための指導を少しずつ行うため、レポー トを受理するまでの面接回数は学生当たり平均4回程度になる。

卒論指導を行う学生に対しても、ゼミ資料や卒業論文の作成はもちろん、学会 での発表や開発したプログラムの設計文書等の文書をきちんと書かせている。 このような指導法の狙いはいくつかある。(1) 学科の専門教育カリキュラムで 不足しているtechnical writingやプレゼンテーションの教育を補う。(2) 役 立つものを作成することで、実際的なソフトウエア開発イメージを明確にさせ る。(3) 書くことを通じて論理的に考える習慣を身に付けさせる。

上記で述べたような「厳しい」指導法を遂行するための条件を挙げると、(1) 教員自身の動機付けとその維持、(2) 学生に対して指導方針を徹底させ納得を 得る、の2点になる。

教員自身の動機付けは重要な問題である。Power Educationが必要とする努力 を教員自身が意識的に行うだけでは長続きしない。筆者の場合は面接時間を特 定の日に集中させるために、レポート締切日の直前には他の予定を出来るだけ 入れない。もちろん、締切を守らせることは重要なので、初めてのレポートの 際には講義時に面接の厳しさを宣伝する場合も多い。

また、学生への指導を行う際には、できるだけ具体的に指示を与えることと、 否定的な言い方をしないことに注意している。これを考えるのは楽しい作業で ある。昔を思い出すと、先生になったのは考えることが好き/得意だったから である。多くの先生方も同様だと思う。日常の雑事に追われて忙しくしている と、それを忘れがちになる。そこで、筆者は健康を考えて始めた徒歩通学の時 間帯に色々な考えごとをすることに決めている。このような時間を持つことは、 自分の頭を活性化し研究活動等の上でも良い影響を与えてくれる。

動機付けを維持するための一番の妙薬は明確な成果である。筆者の経験による と、きちんと指導した学生は(失礼な言い方だが)意外なほど仕事ができる。卒 論生で学会発表(査読付きの研究会)を行ったり、4ヶ月程度の期間に5,000行近 いプログラムを書き上げることも珍しくはない。3年生以下のあまり出来の良 くない学生が、何回も面接を繰り返してレポートをやっと受理された時の満足 感は、面接する側にもはっきりと伝わってくる。

学生に対して指導方針を徹底させることは、さらに重要な課題である。このよ うな指導をすると、考えるまでもなく「厳しい先生」というレッテルを貼られ る。しかし、このレッテルを否定的に捉える学生は必ずしも多くない。そのた めに重要なことは、(1) 理にかなった指導を学生のレベルに応じて行い、各人 の「努力の量」を公平にすること、(2) コピーレポート等の不正を学生が行い にくくするための仕組みを工夫すること、(3) 努力すればできることを学生に 実感させることの3点である。基本的には学生を信頼することが重要だが、学 生の意思はそれほど強固でないため、信じ過ぎないことが肝要だと考えている。

最近の学生に増えているのは、特に理由もなくレポートを提出しなかったり、 試験を受験しない例である。現在、筆者はこの問題に対する対策を考えている が、なかなか良い知恵は浮かばない。基本的には学生を「やる気」にさせるこ とが重要であると思う。通常は、実績もないのにやる気にはならないと考えが ちだが、必ずしもそうではない。人間の脳は想像上の事柄と実際に体験したこ とを区別できないため、具体的に想像したことは事実として受け入れるように できている。まさに「人は自分が考えるような人間になれる」である。この性 質を活用して学生にプラス思考を身に付けさせたいものである。

各先生方も日々経験されていることと思うが、面接やゼミは学生との真剣勝負 の場である。先生自身が自信を持っていなければ指導はできない。ある先生に よると「学生にとって先生とは壁である」そうである。学生の機嫌を取るので はなく、学生のモデルとしても魅力的な職業人(プロ)になりたいものである。


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