危機をチャンスに転化する

掛下 哲郎 (知能情報システム学科)
平成17年度佐賀大学理工学部広報ScienTechより転載
2005年4月発行

「独立法人化」というキーワードは重いテーマである。国立大学はかねてから 法人化には反対してきたが、国会での法案成立を受けてやむを得ず従うことに なった経緯がある。そのため、法人化について言及する際には、自らの力不足 と向き合う必要がある。加えて、重いテーマについて発言すると、自らの見識 を問われることになる。そのような覚悟を念頭において本稿を執筆したいと思 う。

最近、大学を取り巻く状況は厳しさを増している。平成15年10月には佐賀大学 と佐賀医科大学が統合された。平成16年4月には国立大学が法人化され、どこ の国立大学法人も新しい環境への適応に苦労している。国が国立大学の反対を 押し切って法人化を推進した動機の一つは国の財政難にある。この状況が変わ らない限り、国立大学法人への運営交付金は徐々に削減される可能性が高い。 そのため、競争的資金や外部資金等を獲得することの重要性がますます増大し ている。これに加えて、18歳人口は平成19年度に大学の入学定員を下回るとの 調査結果が報告された。大学間の学生獲得競争はますます激化しそうである。

2年前に本誌に執筆した記事では目標の重要性について述べた。目標を定める 際には自らの強みを活かすことと、社会のニーズを理解することが重要である。

知能情報システム学科は、平成13年からJABEE(日本技術者教育認定機構)に よる認定を目指して教育プログラムの構築を開始し、平成15年度にJABEEによ る認定を得た。筆者は受審側で自己点検書の取りまとめ、審査チームとのやり 取り、実地審査、教育プログラムの改善などを行なった。JABEEに対応した教 育プログラムの構築は、「学習教育目標」として学科として学生に約束する知 識・スキルとその達成度水準を宣言することから始まる。筆者は学習教育目標 の策定に参加し、その目標に忠実にカリキュラムを始めとする教育プログラム を構築した。

平成14年度には情報処理学会アクレディテーション委員会に加えて頂いた。ア クレディテーション委員会ではJABEE受審予定校や審査員希望者を対象とした 研修会を年2回開催しているが、我々の教育プログラムはその志や論理性など が評価されて、研修会での教材にも採用された。平成16年度からはJABEE基準 委員会に出して頂けることになったので、JABEEにも意見を提案できる立場を 得た。このような結果は筆者の想像を遥かに上回るものであった。当初の目標 は「知能情報システム学科の教育を良くしたい」だったのが、「日本の情報専 門教育を良くしたい」に変わるのにさほどの時間はかからなかった。目標に納 得して、それを自らの行動原理とすることを筆者が重視する背景には、以上述 べたような体験がある。

平成16年4月には、同じ研究室の大月美佳講師と協力して、ソフトウエア企業 の現役SEを対象とした「スーパーSEセミナー」という先端技術教育セミナーを 始めた。日本のソフトウエア産業は極端な輸入超過(輸出は輸入のわずか1%) であり、日本のソフトウエア企業はインドや中国の企業と比較しても技術力が 劣るとの指摘がある。技術力不足が原因でe-Japanや電子自治体等の大型プロ ジェクトの受注を逃すケースも多いため、ソフトウエア企業のニーズも高い。 筆者が持つ専門知識やアクレディテーション経験を活かした教育活動や地域貢 献活動としても位置づけられる。佐賀県のソフトウエア企業に声をかけたとこ ろ13名の受講生を集めることができた。現在は1回5時間×24回という長丁場の セミナーを隔週土曜日に実施している。このセミナーに対しては、受講者以外 からの協力や支援も寄せられているため、大学発ベンチャーとしての展開も考 えている。

国立大学法人化の趣旨は、各国立大学が社会のニーズを理解し、自らの強みを 活かしてそのニーズを満たすような工夫・努力をすることであろう。そういっ た活動は、国から言われるまでもなく自主的に実行しなければならない。社会 のニーズを満たす価値を創造できるならば、必要なものは(それが信頼であっ ても資金であっても)社会から直接得ることができる。そのための基本要件は、 大学人としての精神の自立だと思う。自らの強みは自らの中でしか発見できな い。それを発見するためには、自分自身の本音や価値観と向き合わなければな らない。国立大学は国に財布の紐を握られている。だからこそ、自分の周りを よく観察して、社会や国を納得させる価値を創り出す必要がある。そのために は良く考えることと、考えたことに責任を持って実行することが重要だと思う。

筆者の立場から見ていると、多くの大学人は、社会のニーズを理解してそれに 対応することにはあまり積極的でないように思われる。大学人は議論を好む。 それ自体は良いことだが、弱点の指摘に終始して、せっかくのアイデアを潰し てしまうのや、リスクを恐れすぎて実行をためらうのを見ると残念な気持ちに なる。国立大学法人法が成立する過程で、国立大学が社会の広範な支持を得ら れなかったのは、その結果だと考えている。学問の自由や、それを守るための 大学の自治は大切なものである。しかし、そうした権利を守るためには、大学 や大学人が精神的にも財政的にも自立することが必要だと思う。

最近、全国知事会が元気である。俗に「3割自治」と言われるように、地方は 国からの補助金に財政の約70%を依存する。これは、国立大学法人の国家予算 依存率とほぼ等しい。それにもかかわらず、霞ヶ関の省庁を相手に三位一体改 革、地方分権、税源委譲などの旗印を掲げて議論を挑んでいる姿には勇気付け られる。本来の大学は、社会に対してはもちろんのこと、文部科学省や財務省 などの国の省庁に対しても、合理的な意見を正面から言うべき存在だと思う。 大学には政治的な権力はないが、根拠のしっかりした論理的な意見を否定する のは難しい。そうした活動を通じて、「学問の自由」や「大学の自治」の意義 が社会にも徐々に理解されるのだと思う。

筆者が上述したような意見を持ち、さまざまな活動を始めた直接のきっかけは、 国立大学の法人化や少子化の流れであった。ビジネスの世界では、「危機はチャ ンスの芽」だと言われる。筆者がそのような視点に気づいたことを考えると、 法人化や少子化といった問題は筆者にとってのチャンスの芽だったと思う。問 題をチャンスとして活用する機会は皆に与えられている。ただし、その機会を 活かすためには、状況に対する考え方(パラダイム)や反応の仕方を変える必 要がある。長谷川学長は年始の挨拶で教職員の意識改革を訴えた。筆者も同意 見である。そのためには、問題意識を持つことと、新たな勉強をして視野を広 げる必要が出てくる。筆者は4〜5年ほど前から投資やビジネスに関する勉強を 続けている。筆者にとって、これらの自己啓発活動は価値を創造するために不 可欠なことである。