佐賀大学理工学部  コンピュータ・ソフトウェア研究室 佐賀大学理工学部  コンピュータ・ソフトウェア研究室

取り組み

産官学連携による高度IT人材育成プログラム

掛下 哲郎,皆本 晃弥,松前 進,大月 美佳 (知能情報システム学科)

平成20年度佐賀大学理工学部広報ScienTechより転載

2008年4月発行

 

情報システムは企業,政府,教育機関,病院など様々な組織を支える基本的なインフラの一つであり,ITを活用してユビキタス社会を実現するための技術も多数提案されている.しかし,その一方で,IT社会を支えるべき人材の不足や,それに起因する様々な問題(社会保険庁の年金システム問題,東京証券取引所やみずほ銀行等のシステム障害,西暦2000年問題等)が各方面から指摘されており,それを受けて議論が行われている.

 

例えば,経済産業省が所管する産業構造審議会 情報経済分科会 情報サービスソフトウェア小委員会 人材育成ワーキンググループは,平成19年7月20日に報告書「高度IT人材の育成を目指して」を出した.また,経済産業省と文部科学省は,平成19年10月3日に産学人材育成パートナーシップを立ち上げ,産官学連携による人材育成を推進するための議論を行っている.IT分野では,同パートナーシップに情報処理分科会が設置されており,産学の有識者による議論が行われている.

 

我々は,このような状況に対して,産官学連携による高度IT人材育成プログラムを企画し,学長裁量経費・GPシーズ事業に採択された.本事業では,修士レベルの高度IT人材の育成を目的とし,産官学が連携した教育システムの構築を目的としている.

 

従来のIT人材育成は産・官・学が個別に取組を行うことが多かったが,産業界の実践的トレーニングと大学の系統的教育を組み合わせることで,効果の高い教育プログラムを構築できる.また,知能情報システム学科におけるJABEE認定プログラム構築経験や,本事業の構成メンバーが保有するJABEE認定審査の経験等も活用できるので,他大学等にも移転可能な教育システムの構築が期待される.

 

本事業では,学内および学外の方を対象として先端IT講演会および本事業に関する公開シンポジウムを開催した.本稿では,これらのイベントについて報告する.

 

先端IT講演会

先端IT講演会は,国内において指導的立場に立つ4名のIT専門家を招いてITを専攻する学生の教育の一環とすると同時に,佐賀県内等でIT実務に従事している様々な組織の技術者・スタッフ・責任者等の意識向上に資することを目的とした.

 

  • 主催:佐賀大学
  • 共催:情報処理学会九州支部
  • 後援:佐賀県
  • 協賛:佐賀県ソフトウェア協同組合

 

開催日時 講師 講演題目
平成19年12月10日(月)
10:30~12:00
今井 浩 教授(東大大学院) 量子情報科学の目指すもの
平成20年1月11日(金)
10:30~12:00
長岡 良蔵 氏(情報処理推進機構 ソフトウェアエンジニアリング
センター,経済産業省 見える化プロジェクト主査)
ITプロジェクトの見える化(上流工程を中心として)
平成20年1月21日(月)
10:30~12:00
細川 泰秀 氏(日本情報システム・ユーザー協会 専務理事) 「プロダクト志向」あっての「プロセス志向」
~既存のルールを乗り越えて~
平成20年1月22日(火)
10:30~12:00
今給黎 道明 氏((株)アルゴ21 研究開発センター主任研究員) オープン性と集合知 XML/OSS/Web2.0

 

今井 浩 教授の講演では,量子情報科学が目指す次世代情報科学技術の世界が過去・現在・未来の観点から紹介された.

 

量子情報科学では,量子力学原理を用いて情報を量子状態で表現・伝送・操作し,その量子状態を観測して情報を得るという情報処理モデルを科学する.実現すれば既存技術社会へのインパクトが非常に大きい研究分野であるが,量子力学と量子情報理論により安全性が保証される量子暗号システムの実証実験が既に始まっており,将来の量子コンピュータ実現へ向けて着実に研究が進められている分野である.この分野が目指しているものについて,第一線での研究者としての経験も交え,興味深い話が紹介された.

 

また,本GPシーズと関連する話題として,東大で取り組まれている教育プログラム 1) 派遣型高度人材育成プラン「革新的インターンシップモデルの構築と実践」(2005-2009),2) 先導的ITスペシャリスト育成プログラム「情報理工実践プログラム」(2006-2009),3) 先導的ITスペシャリスト育成プログラム「研究と実務融合による高度情報セキュリティ人材育成」(2007-2010)についても紹介され,講演終了後の懇談会でも人材育成に関する活発な議論が交わされた.

 

長岡 良蔵 氏の所属される情報処理振興機構ソフトウェアエンジニアリングセンターでは,経済産業省のタスクフォースとして,2年前から「プロジェクト見える化」というテーマに見える化の専門家17名が取り組んでおられる.2年目の昨年度は上流工程での「見える化」について議論を重ね,「見える化」の具体的な方法を解説書としてまとめられた.本講演では,その解説者を聴講者に配布し,具体的な内容の紹介をしていただいた.

 

本来「見える化」の対象はソフトウェア開発プロジェクトのライフサイクル全般とされており,広範囲にわたって監視を行うことで,問題点の検出とその対策をおこなう.今回は,そのうち一般に問題が作り込まれる「上流工程」に焦点を当て,ITプロジェクトを診断することや測定すべき項目を特定して定量的に表現する事で今まで見えなかった状況を見えるようにし,原因を見出し解決する手法を提示していただいた.時間や手段に余裕のある上流工程では,懸案項目などの問題点に対して先送りされる傾向がある.このため大きな問題に発展する原因の検出が遅れるケースが多い.これらの問題点の整理方法や,その結果から見切りをつけてプロジェクトを推進するための具体的な表による手法や対策を具体的に紹介いただいた.

 

細川 泰秀 氏の講演では,日本情報システム・ユーザー協会での活動を通じて蓄積された多くの知見・ノウハウについて,その成果を踏まえた実践的内容が紹介された.

 

日本情報システム・ユーザー協会ではこれまで,優れた商品を優れた商品であると評価し,また,優秀な技術者を優秀であると認める方法およびシステム開発保守運用をより効率的に行う方法が研究されてきた.その過程で特に着目されてきた点は,1)ユーザとベンダーの役割と課題解消のあり方,2)どのようなコンセプト,評価尺度を持つべきなのか,というものである.これらの点を中心に,豊富な経験・具体例を交えた興味深い話が紹介された.

 

講演終了後の懇談会では,講師の細川氏より「『産官学で成果を得る』という観点からもっとディスカッションを行おう」との提案があり,活発な議論と今後の展開についての話し合いが行われた.

 

今給黎 道明 氏には,近年のIT業界で話題となっているキーワードのうちXML,OSS,Web2.0の3つについて,最新情報の紹介を網羅的にしていただいた.氏は,これら3つのキーワードの共通した特性を,オープン性,ユーザ主体,集合知と定義され,現在のソフトウェア開発もこのキーワードと特性を無視して進むことはできないと主張された.また,XML/OSS/Web2.0は,常に多くの先進的な要素技術を培いつつ前進しているにも関わらず,日本における業務システムを見た場合,日本のSI企業やユーザ企業は安定した構築技術を踏襲する傾向性が強く先進技術に対する研究開発の取り組みや位置づけが難しいという側面もあり,常に欧米に比較して実装研究や評価が遅れている現実がある,と指摘された.そしてその上でなお,世界でも先端の普及率や極めて強い競争力のある特定分野もあり,これらの先端的な技術動向は,これからの技術人材を育成していく大学教育としても非常に重要な取り組み課題であると,主張された.このような主張を元に,企業における情報処理技術の動向と先進技術への取り組みを過去,現在,未来の視点でいくつかの事例を紹介しながら解説された.

 

公開シンポジウム

本事業では,上記の先端IT講演会の他に,企業等が情報専門教育を行っている大学院の修了者に求める知識・スキルを具体化するための要求レベル調査や,実践教育を促進するためのPBL教材開発を行った.

 

公開シンポジウムでは,本事業の成果を報告するとともに,文部科学省の大学改革推進室長や経済産業省の情報処理振興課 課長補佐に来学して頂き,国レベルでの最新動向に関する講演をして頂いた.また,佐賀県内でIT人材育成に関する産官学連携を促進することを目的とし,佐賀県 情報・業務改革課および佐賀県ソフトウェア協同組合の代表者を含めた公開討論を行った.本シンポジウムは,理工学部・工学系研究科の教職員に対するFD(Faculty Development,教育に対する意識改革および能力開発活動)の一環としても位置付けられた.

 

  • 日時:平成20年3月21日(金) 13:00~16:00
  • 場所:佐賀大学 本庄キャンパス(佐賀市本庄町1番地)
  • 主催:佐賀大学 高等教育開発センター
  • 協賛:佐賀大学 理工学部・工学系研究科 FD委員会

 

プログラム

総合司会:佐賀大学 理工学部 皆本 晃弥 准教授

1.主催者挨拶
佐賀大学 高等教育開発センター 遠藤 隆 センター長・教授

2.基調講演1:大学院GPの現状と文部科学省の大学院振興施策について
文部科学省 大学改革推進室 井上 卓己 室長(代理:奥 博貴 大学院係長)

3.基調講演2:産学人材育成パートナーシップ:情報処理分科会 について
経済産業省 情報処理振興課 中村 大紀 課長補佐

4.事業報告:要求レベル調査,PBL教材開発,先端IT講演会について
佐賀大学 理工学部 掛下 哲郎 准教授

5.パネルディスカッション

司会
・佐賀大学 理工学部 渡辺 義明 教授

パネリスト
・佐賀県 情報・業務改革課 志和 幸男 課長
・佐賀県ソフトウェア協同組合 浅川 達夫 理事長
・佐賀大学 理工学部 新井 康平 教授
・佐賀大学 理工学部 掛下 哲郎 准教授

コメンテーター
・文部科学省 奥 博貴 係長
・経済産業省 中村 大紀 課長補佐

 

文部科学省の奥 博貴 係長からは,平成18~22年度にかけて推進されている大学院教育の実質化施策についての紹介が行われた.大学院教育の実質化,国際的な通用性・信頼性(大学院教育の質の確保)の向上,国際競争力のある卓越した教育研究拠点の形成などが重点項目とされており,これらを促進するために大学院設置基準の改正,グローバルCOEプログラム等の支援事業が実施されている.また,IT関係では,産学連携による人材育成の支援が重点項目となっており,先導的ITスペシャリスト育成推進プログラムをはじめとする施策が実施されている.最近,大学院の人材養成機能への期待が増大しており,教育の質の向上が必要と認識されている.これを促進するために,優れた取組に対する各種の支援事業が実施されている.

 

経済産業省の中村 大紀 課長補佐からは,IT人材育成に係る問題意識,これまでの取り組み,産学人材育成パートナーシップ情報処理分科会における議論が紹介された.情報サービスやソフトウェアは社会を支えるインフラとしての重要性を増している.その一方で,我が国における高度IT人材は質・量ともに不足している.経済産業省では,(1) 高度IT人材の具体像(キャリアとスキル)の可視化,共有化,(2) 実践的かつ先端的な人材育成手法の確立,実践,(3) 客観性の高い人材評価メカニズムの構築などの施策を推進している.情報処理技術者試験制度の改革もその一環である.産学人材育成パートナーシップでは,産業界と大学の間の連携がスムーズに進んでいないという現状認識のもとで,双方の対話と行動を促進するための議論が行われている.これまでに,現状認識と課題のリストアップがかなり進んでおり,今後は,施策の具体化に向けた議論が行われる予定である.

 

掛下からは,事業報告として,(1) 要求レベル調査,(2) PBL教材開発,(3) 先端IT講演会についての取り組みが報告された.要求レベル調査は,経済産業省が作成したIT関係の3つのスキル標準(ITSS,ETSS,UISS)を統合したIT共通知識体系(23領域143知識項目)を用いて行われ,25の企業等から修士修了者に対する各知識項目の知識・スキルレベルに関する詳細な回答を得た.これを分析して,重要項目や学部レベルのJABEE認定プログラムでは不足している部分を明らかにした.また,実践教育を促進するために,総務省が委託開発したITアーキテクト育成用PBL教材(1.5時間×5コマ×15週)を改良して,知能情報システム学専攻で実施可能な規模の教材を開発した.これを使った授業を平成20年度から実施する計画である.

 

以上の講演・報告を受けてパネルディスカッションを行った.佐賀県ソフトウェア協同組合の浅川 達夫 理事長からは,県内ITベンダーの現状と人材育成を推進する際の課題が紹介された.佐賀県の志和 幸男 課長からは,電子県庁システムの現状やさがICTビジョン2008(案)が紹介された.新井 康平 教授からは,当事者が集まってのオフラインディスカッションの重要性が指摘された.

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