佐賀大学理工学部  コンピュータ・ソフトウェア研究室 佐賀大学理工学部  コンピュータ・ソフトウェア研究室

取り組み

大学教育への問題意識とJABEEへの取り組み

掛下 哲郎 (知能情報システム学科)

平成14年度佐賀大学理工学部広報ScienTechより転載

 

知能情報システム学科では、現行カリキュラムを改訂するための議論を平成12年度から開始した。その中で重要な検討課題として浮上して来たのがJABEE(日本技術者教育認定機構)による教育プログラムの認定制度である。筆者はカリキュラム改訂に関連してJABEEに関する調査を行った。また、情報処理学会が 平成13年11月に開催した「情報および情報関連分野アクレディテーション研修会:JABEE審査員養成」に参加して、JABEE審査員になるための基礎知識を習得した。本学科では平成15年度にJABEE認定を申請するか検討中である(本稿執筆時点)。これが合意された場合には、平成13年度内にJABEEに対応した学習・教育目標(以下、教育目標と略記する)を策定して、平成14年度始めには学生に周知することになる。本稿ではJABEE等への取り組みを通じて得た情報を主体に筆者の意見をまとめている。

 

大学教育に対する問題点が社会的に指摘されて久しい。日本経済新聞社が編集した「教育を問う」には数々の厳しい指摘が並んでいる。受験戦争を勝ち抜いて大学に合格したものの、自らの人生を選ぶことができずにたたずむ学生。大学で学んだ知識を社会のために活かそうとしない学生。既得権にぶら下がり、 競争から逃れ、学内の摩擦回避に汲々とする教授会。少子化やグローバル化に対して淘汰の覚悟がない大学。教員の熱心さが報われない教育評価制度。配給型行政に安住し、変革を受け入れない国の官僚機構。

 

このような指摘を放置していたのでは、大学は社会的な支持を得られず、淘汰されてしまうだろう。そうなれば、日本の高等教育システムが根本から崩壊することになり、将来の日本は世界から存在意義を疑われるかもしれない。より身近な問題として独立法人問題がある。これは国の財政問題に端を発した問題ではある。しかし、国公立大学が現在のような孤立した状況に追い込まれたのは、大学が教育に関する指摘を軽視してきたのが大きな原因だと思う。

 

以上のような大問題は1学科で解決できるものではない。しかし、自力でできることに対しては努力することが肝要であろう。筆者はJABEE認定制度をそのための参考にしようと考えて調査を始めた。

 

国際的には、第三者機関による客観的な教育評価は常識とされている。米国に はJABEEと同様の業務を行う民間機関としてABET(Accreditation Board for Engineering and Technology, Inc.)があり、工学部を持つ大学の85~90%が ABETによるアクレディテーション(適格認定)審査を受審する。審査にパスした教育プログラムは大学の誇りとなるだけでなく、学生募集や卒業生の就職の際には強力な武器になる。米国のアクレディテーションは大学評価を目的としたものではなく、審査チームと大学が協力して教育システムを改善していく点に特徴がある。審査チームは教育システムに対するコンサルテーションを行う。一方、大学は審査チームに対して非常に協力的であり、かつ協力に必要な権限 (例:予算、人事)を持っている。また、学会がアクレディテーション審査や教育システムの改善をサポートする体制を構築している。

 

これに対して、日本では大学教育に対する外部評価として、朝日新聞社の「大 学ランキング」や河合塾の「わかる大学の最先端 - 大学ランキング」などが知られている。大学評価・学位授与機構による外部評価もあるが、各学科の教育内容等に対して突っ込んだ調査は行われず、社会的な認知度も低い。そのため、大学審議会答申(H10-10-26, H12-11-22)、閣議決定(H11-1-29)、科学技術 会議答申(H12-12-26)、経団連意見書(H13-6-11)等で技術者教育に対する第三者認定制度の推進が提言されている。平成12年4月には技術士法が改正され、 JABEE認定プログラムの修了生(大学の卒業とは必ずしも一致しない)は技術士 の第一次試験を免除されることになった。

 

JABEEが求めているのは教育システムの構築である。個別の教員がバラバラに教育を行うのではない。教育目標、カリキュラム、個別科目の教育内容、学生 の評価、教育システム自体の評価や改善などについては教育プログラムが責任を持つ必要がある。認定を希望する教育プログラムはそのための委員会等を構成しなければならない。平成13年10月に学部教育改革特別委員会が理工学部長に提出した答申は「学力保証ができる学生の教育」を学部の教育目標として掲げた。これを実現するための方策として同答申では、(1) 教官は教育に対する責任を負っていることを認識し、定期的な自己点検評価、厳格な成績評価、学生とのコミュニケーション等についてチェック・評価体制を構築する、(2) 各学科は組織として体系的な教育を実施する責任があることを認識し、教育目標 の具体化や体系的なカリキュラム編成を行う、(3) 学部内で教官や学科に対するチェック体制を構築する、を挙げている。これらの方針は体系的な教育システムの構築を目指したものでもある。

 

JABEEによる情報分野の本格認定は平成14年度に開始される。筆者は平成13年11月に早稲田大学で行われたJABEE審査員養成研修会(情報処理学会主催)に参加した。研修会では2日間にわたって、(1) 情報処理学会の取り組み、(2) JABEE審査認定の基本方針、(3) 基準・審査方法と分野別要件、(4) アウトカムズ評価、(5) 審査・受審の手順、(6) 試行認定事例紹介、(7) 教育目標の作成演習、(8) 産業界の期待に関する講演、(9) 総合討論などが行われた。 JABEEに参加している各学会は研修会を通じて審査員を養成するとともに、受審を希望する大学に情報を提供している。また、同一分野の異なる大学が相互 に審査を行うことで、教育上の工夫を共有・改良することを目指している。

 

平成13年度以降のJABEE審査はアウトカムズ評価が導入された点が従来と大きく異なる。これは、ABETの方針転換に伴うものである。これによって、(1) 教育目標は大学が主体的に設定する、(2) 教育目標を満たした学生だけを教育プログラムの修了生とする、(3) 修了時点での学力を契約で明示する、(4) 教育プログラムは一つの学科にいくつあっても良いし、複数学科で1つの教育プロ グラムを運営しても良い、(5) 教育目標が社会の要請を満たしていること、といった認定条件が示された。(1)~(3)により教育目標の評価方法は大学側が決定する。JABEEは大学が提示する証拠に基づいて評価方法の妥当性を審査する。また、(4)により1つの学科がJABEE対応コースと非対応コースを併設することや、JABEE対応コースと非対応コース間の学生の移動を制度化することも可能である。

 

JABEE審査を受ける側にとってまず重要なのは、教育目標を学生に周知することである。学生への周知は本来入学時に行うべきだが、平成14年度に審査を受 ける場合の経過措置として「平成14年度の4年次学生に対して3年次の学期始めに教育目標が伝えられている」ことが要求されている。教育目標はJABEEが指定する要件を全て満たしており、教育プログラムの特徴を明示する必要がある。また、各大学はそれぞれの教育目標が達成されていることを定量的に評価する基準を定めて実施しなければならない。そのためには、適切な抽象度を持った教育目標を注意深く立案する必要がある。抽象的すぎる教育目標は評価基準を 定めるのが難しい。逆に、具体的すぎる教育目標はカリキュラム改訂やJABEE 基準の改訂によって修正を余儀なくされる。JABEE認定を受けた教育プログラムが教育目標を変更せずに(教育目標の具体的実現法としての)カリキュラムを改訂した場合、JABEEは再審査なしに認定を継続する。しかし、教育目標を変 更するとJABEEによる再審査が必要になるのである。

 

JABEE基準や分野別要件は特定の科目の必修化を求めているものではない。むしろ、技術者倫理等については複数の科目や卒業研究で指導することが望まれている。重要なのは指定された内容を全学生に教育した証拠を示すことである。 教育目標や評価基準に合致した教育を実施していることを証明するために、教育プログラム側では必修科目(証明に必要な科目)の教科書、講義資料、試験問 題、試験答案、レポート課題、レポート等を最低2年分保存してJABEEによる実 地審査に備える必要がある。なお、選択科目は全学生が履修するとは限らないため、それに関する各種資料を証拠にはできない。大学に対する実地審査は11~12月頃に行われる。そのため、平成15年度の審査を受けるためには、遅くとも平成13年度後期から証拠資料を保存する必要がある。

 

以上述べたように、JABEE審査を受けるためには教育目標の決定および周知、証拠資料の収集を行うために最低1年半の準備期間が必要になる。また、審査を受ける年度には自己点検書の作成、JABEE審査チームとのやり取り等が必要になる。

 

筆者がJABEE審査員養成研修会に参加して感じたのは、「JABEEは必ずしも現実離れしたレベルの教育を求めている訳ではない」ということである。認定を受けた時点での学生のレベルは特に高い必要はない。例えば情報分野では基本情報技術者のレベルに設定することも可能である。重要なのは、継続的に教育レベルの向上を図るシステムを構築することである。JABEE認定は2年から5年の有効期限があるが、最初の認定の時には2年認定を目指しても良い。JABEEが作成した「自己点検書作成の手引き」には点検項目と点検基準の表が掲載されている。教育プログラムは必ずしも全ての項目で最高のレベル5を獲得する必要 はない。私見では全ての項目でレベル3以上になればJABEE認定を受けられると考えている。

 

JABEEはワシントンアコードに正式加盟するために認定プログラム数を増やそうとしている。また、認定を受けた教育プログラムは、教育に対する大学の努力や工夫を社会にアピールするための証拠として活用できる。JABEE認定プログラムの修了者に対する企業側のインセンティブが少ない等の問題点も指摘されているが、JABEEに積極的に対応することが重要と筆者は考えている。世間で思われている程、大学教員はサボっている訳ではないと思う。しかし、これが社会的に認知されるためには大学の努力や工夫を自主的に外部に公表することが欠かせないのである。

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